阿部耕也の紅茶日記
『Tea Room 森のらくだ』便り その6

Tea Room 森のらくだ 物件との出会い

 2009年10月、研修から帰った私は候補地探しを再開しました。

研修までに大阪の中心地はざっと一通り歩いて貸店舗なども見てはいましたが、その時に気になったエリアを再度見てまわりつつ、不動産屋さんが送ってくれる情報があるとそこに見学に行きました。研修に行くまではうまく伝えられなかったイメージが研修から帰ると、伝えやすくなっていて紹介してくださる物件も当初のてんでバラバラな物件から少し統一感のあるものが出てきてはいましたが、それでもなかなかピンとくる物件にはめぐり会えません。そこで、大阪の物件は不動産屋さんの情報のフォローにとどめ、気分をかえて自宅のある奈良周辺を歩いてみることにしました。奈良には小さい時から住んでいるのですが、学校や職場が大阪だったため、実は大阪よりも地理に疎いのです。これもいい機会だろうということで、奈良歩きの開始です。昔からのショッピングセンター、緑の多い山の手、など思うにまかせて歩きながら自分の頭の中に地図ができていくのを楽しんでいました。そんなある日1つの物件が目にとまりました。6坪くらいの小さな店舗なのですが、入り口には大きなガラスはめ込み、無垢材の内装が残っています。何となく気になって心に留めておきました。

 研修から1ヶ月が経過した2009年11月、阿部先生から「どうしていますか?」のメール。私は先日の店舗のことを思い出し

 「6坪の1.2階、合計12坪でティールームをすることは可能でしょうか?」

と聞いてみたところ、

 「無理ではないです。具体的にどこかを考えているの?」

とのこと。先日見つけた物件と、他にもいくつかの物件の概要を伝えた所、興味を持って下さり、こちらに来て頂いて候補の物件を回ることになりました。先生が来られるまでに見て頂きたい物件を更にピックアップすべく引き続き大阪と奈良を回り、データ収集に努めました。

 2009年11月下旬、3日間の予定でいらっしゃいました。まずは私が気になった奈良の物件。周囲の様子を見、不動産屋さんと話し、中を見られました。素早く見終わった先生は

 「ありがとうございます。また、連絡します」

と告げ、外に。

 「ここはやめておきましょう」

先生は理由を添えておっしゃいました。やっぱり……。物件を見られている時に予想はしていました。もしOKならば具体的な話を切り出されるはずだったからです。

 「ともかく、次の物件を見ましょう。そして街を歩きながら色々話しましょう」

ということで、奈良から大阪へ移動。今度は大阪の街中の小さな店舗です。たどり着いた時に先生の目がキラリ。

 「ん!これはなかなかいいよ」

広い通りから入ってすぐのマンションの1階。5.5坪の物件です。

 「駅からすぐだし、車が信号待ちの時も必ずここに目をとめるだろうね」

翌日に中を見せて頂く約束を取り付けました。先生からは待ちきれないといわんばかりに様々なイメージが飛び出します。

 「小さいからカウンターだけのお店かなぁ」

 「特徴のある店主の演出をしよう。乗馬服でも来たらどうかな?(それはちょっと……)」

 「椅子に座ったまま、全く立たずに接客するっていうのはどうかな?(聞いたこと無いです!特徴あり過ぎでは!)」

私には想像もつかない発言が次々と飛び出すので、つられて私もワクワクしてしまいました。

 そして翌日。中を見せて頂きました。しかし、しばらく歩き回った先生は少し思案顔。やはり5.5坪は思った以上に強敵だったようです。加えて、物件がちゃんとした四角形ではなく、角の部分が少し中にせり出したりしているのも難点のようでした。キッチンとトイレでお店の半分以上が占められてしまう。何とかうまく収まらないかと先生はシミュレーションをくり返して下さいました。頭の中を物件でいっぱいにされながらも、先生は私の母にも会って下さいました。にわかにティールームをすると言い出した娘(それも言葉足らずの娘)を持つ母に今までの流れを語って下さり、母の気持ちを落ちつけて下さいました。

 最終日、再度現地へ向かう電車の中、先生はおっしゃいました。

 「現地に着くまでの間に、他の候補物件はある?あるなら見ていこう」

そう言われてみると、一つだけ候補物件がありました。先生が来られる直前に不動産屋さんから頂いた物件資料のうちの1つ、マンション1階のテナントでした。

 「1つあります」

 「じゃあ、見に行きましょう」

そして物件に到着すると、先生の目が再び「キラリ!」です。

 「ん!ここ、いい感じだよ!!広さはどれくらい?」

えっ!?

 「えーと、9坪です」

 「それなら広さは十分だね。今、中を見られないかなぁ」

ちょうどマンションの前で掃除をしている管理人さんらしき男性に声をかけてみました。何とその方はマンションの大家さんで「中を見ますか?カギ、持ってきますね」という急展開。合流されたテクノ技研の遠藤様(カメリアさん、ちくたくさんの内装を手がけられた岡山の方です)と先生が中を見て、広さは問題なしとの結論。念のため前日の物件も再度中を見せて頂き、遠藤社長も交えて2件を比較検討し、今日の物件が良いだろうということになりました。それが、今工事が始まった「森のらくだ」の物件です。

 この物件の交渉を進めようという方針に決まったあと、先生はおっしゃいました。

 「昨日の物件も、とても良かったんですよ。何とか5.5坪で展開できる間取りを考えてみましたけど、僕の中でやっぱり難しいな、という結論になったんです。だから、今回は決まらず、ということで帰ろうかなと思っていたんです。決まりはしなかったけど、この3日間ずっと君と色々話しながら、物件も見て、街を歩いて、僕が考えていることも伝えられたと思ったし、君が次に行動するための大きな学びとなったことは確信していたから。今回はそれでもいいかなって思っていたんですよ。さっきまでね。それがねぇ……」

茶目っ気たっぷりのお顔でニッコリ。私は展開に気持ちが追いつかず、

 「こんな風に見つかるものなのか……」

という思いが頭の中をぐるぐる回っていました。

 お店の場所は少し不思議な所です。広い通りからは1本入ったところにあり、周りは会社あり、お役所あり、マンションあり、学校あり、公園あり……。何故か能楽堂があって、少し歩けば大阪城にも行けるところです。ビジネス街ではあるけれど、生活の息づかいもあるところ。そんなところです。

2010年1月、契約を完了しました。既にお店が少しずつ形になっています。今後、少しずつその様子を報告できれば、と思っております。