『新茶の紅茶』ホームページ

ティーテイスティングの世界

修行編

1981年、私がカルカッタ(現コルカタ)で紅茶の勉強をしていた頃には、私の知る限り長々と現地で下宿生活を送りながら紅茶の研究をする者は他にいませんでした。毎日300杯を越える紅茶をテイスティングして掴んだ技は現在も最良の『新茶の紅茶』選びに役立っています。なぜなら数多くの種類の紅茶を知り、飲み分けることこそがベストワンを選ぶ重要な要素だからです。それでは、インド・カルカッタでの紅茶修行の様子をレポートします。朝は6時に起床し軽く食事をとります。刺激の強いカレースパイスを口にすることは避け、パンまたは小麦粉を水で練って焼いたチャパティー、ご飯などの食事です。初期の段階ではこの朝食を抜きます。もし食べるとしてもこれから申し上げる儀式の後になります。それは水を飲んで胃の洗浄をすることです。まず起床したらすぐに約2リットルの水を飲み、どうしようもなく苦しくなったところで胃を両手で強く押して水を吐き出します。これを毎日繰り返していると、苦しむことなくにこにこ顔でできるようになります。慣れてくるとコップ1杯の水をゴクンと飲んで、その水を胃からコップへ静かに戻すことが出来るようにさえなります。なにせ胃がすっきりきれいになるのですから、うれしくなってしまいます。早い人で一ヶ月、遅い人でも二ヶ月位したら出来るようになります。戻した水の色で体調を判断することもできます。ヨガの訓練の中にこれと同じ行為があります。カルカッタの街の中の公園で毎朝これを日課にしている人達がいて、その光景を初めて見たときはゾッとしました。なにしろ、にこにこ顔でゲーッとしているのですから…。でもこうすることで胃が活性化して健康には大変いいのです。また水を自分の意志で自由に戻すことが出来ることで体と意識が仲良しになれます。最大の利点は、それまでの食生活で慣れ親しんだ物を一度忘れられることです。そうして新たに食品と一からお付き合いし、良い質の物か、悪い質の物かを自分自身の体に直接問い掛け、判断させることが可能なのです。現代、私達は食に関して情報に振り回され過ぎています。「名が知られているから美味しい」と平気で言ってしまいます。紅茶に限らず、あらゆる種類の『食』に関わっておられる方、こだわりを持っておられる方はこれまで持っているデーターを全て洗い流して、新たな情報をまた一から積み重ねるためにも是非この胃を洗い流す方法をお薦めします。

例えばフランス料理を目指す方なら自分に染みついた味噌味、醤油味を一度は抜かなければなりません。たとえその後に和風を取り入れたフランス料理にたどり着くとしても…。繰り返しになりますが『胃』と『意』が水の洗浄後に結ばれることで「美味しい」「まずい」と他人が決めたことに振り回されず、更に、過去に養われた自分自身の『食の好み』にも影響されない正しい判断が完成されます。ちなみにこの大量に水を飲み、胃の大掃除をするという方法は、タイの麻薬刑務所で実際に行われている更正法です。副作用が全くなくその上資金がかからず効果絶大な方法です。胃の洗浄を通して体と意識が結びつき、そこから自分自身が戻ってくるのでしょう。さて話をもとに戻しますと、この訓練は最初はかなり苦しいものです。そして、胃を洗浄し体調を整える方法をマスターした後は、起床後、軽い食事を摂り、4時間後の午前10時からテイスティングを開始します。この時間的理由というのは、人間は起きてから4時間後に交感神経がピークに達するからです。その前後は体の感覚がピーク時に比べ劣ります。ちなみに、交感神経とは的確な判断をし、素早い行動をするための神経です。反対に、寝ている時は副交感神経が働きます。この交感神経がピークに達している時にテイスティングを行えば、正しい判断を素早く下せることになります。テイスティングルームは外光が直接差し込まないように、ブラインドで光を調節しています。これは水色を正しく見極める為です。さて、いよいよテイスティングですが、まず、紅茶を口に含んで廻し、飲み込まずに大きなドラム缶の様な専用容器に吐き出すということを繰り返します。始めのうちは、10杯程度の紅茶を飲み分けるのがやっとです。だんだん、紅茶成分のタンニンに口の中が負けてしまって、どの紅茶も同じ様な味に思えてきてしまいます。香りも最初は違いが判別できてもだんだん区別がつかなくなってきます。ところが、こんな風に毎日毎日飲み比べているうちに、最終的には2時間程で300杯もの紅茶を飲み分けられるようになってきます。

 

ティーテイスティングと水

水と紅茶の関係についても多くの専門家が自説をお持ちですが、私の場合は次に様に考えております。まず、お茶には緑茶・白茶・黄茶・青茶・紅茶・黒茶まで幅広く軟水が合うと思います。軟水は水に癖がなく個々のお茶が持つ特徴をうまく引き出せるからです。ところが紅茶の消費が多いイギリスでは一般的に硬水であり、紅茶の産地であり、同時に最大の消費国であるインドの水もほとんど硬水です。私が紅茶の研究をしていたカルカッタも硬水です。同じ茶葉が日本とインドではまるで違った味わいに感じられることもしばしばありました。ここで問題になるのがティーテイスティングと水との関係です。私はテイスティングの際の液体、つまり茶葉から浸出した紅茶液、まわりくどく表現していますがすなわちカップに注がれた紅茶のことです。この紅茶液で紅茶の特徴、良し悪しを判断するのは危険だと思います。

もう少し詳しく説明しますと、例えば300杯の紅茶を試飲する場合、最初の1杯目からお湯を注ぎ、300杯目のカップにお湯を注ぎきるまで約15分掛かります。そしてこれを全て試飲するのに掛かる時間は2時間。これでは全ての紅茶をイコールコンディションで試すのはとてもたいへんなことです。また、使用した水が硬水か軟水かでも味が大きく変わりますから、ますます判断が難しくなります。このように、使用する水の質、茶葉の量、お湯の温度、浸出時間の違い、使用器具等によって香りや味わいが大きく違ってしまいますので、紅茶の液で茶葉の品質を判断するのはたいへん困難なことです。

 

茶殻が大切

それでは乾燥状態の茶葉で判断するのはどうかといいますと、この方法で出来ることは極めて限られています。せいぜい茶殻の茶姿がどうであるかとか、葉の縒り具合が強いか弱いか程度です。たまに、お茶の専門家が、茶葉を両手に取って息を「ハァー」と吹きかけ、茶葉に顔を近づけて香りを嗅いでいる場面を見ますが、この方法では、そのお茶が持つ本当の香りと味を判別する事は大変難しいと思います。それでは、紅茶をテイスティングする最良の方法が、茶葉の抽出液を飲むのでもなく、乾燥状態の茶葉を見ることでもなく、はたまた嗅ぐことでもないとしたら一体何が残されているのでしょうか。答えは『茶殻』です。これだと水の質にも、使用した茶葉の重さや量、浸出時間、更にはどんな器具で抽出したかにも影響されません。どんな条件の下でも安定した結果を得られるのが『茶殻』なのです。

カップに液を注いだ後の熱い茶殻を嗅げば、紅茶液を口に含まなくとも、紅茶が持つ本当の香り、味わいまでわかってしまいます。もちろん茶殻だけで全てを正確に判断出来る様になるには、時間と努力そして少しの才能が必要にはなりますが、茶殻を極めることはとても大切なことです。私の場合、品質、茶姿、農園名は参考程度にとどめ、紅茶の良し悪しを判断する基準として、茶殻70パーセント、紅茶液を口に含んで確かめること30パーセントの比率で決定しています。その結果として最高品質の紅茶を選ぶことにはなりますが、あくまでも自分の感性を大切にしてテイスティングを行います。

 

 

home